ロジパラさんを目指してた!

はてな日記で書いてた頃の冗談日記

考えることとそれにさく時間の重要性

 ちょっと前まで勘違いしていたことがある。○○ソフトをうまく使う本とか○○ソフトの応用の本は発想の乏しい人間が買うもんだと思っていた。これらの本はそのソフトを使う人なら誰でも知っている基本動作を組み合わせてこんな動作ができますよってことなのだ。つまりちょっと頭をひねれば本に載っていることが思いつくはずなのである。そんな本を買うのはもったいないと思っていた。

 

 

 仕事でアクセスというソフトを使っていたときの話だ。マイクロソフトのオフィスの中でもプライベートではほとんど使われないであろうデータベースソフト。昔はエクセルとワードに並ぶオフィスの看板だったが、最近はパワーポインタにその地位を奪われている感のあるソフト。それがアクセスだ。初めてアクセスをさわるオレが書店で手に取った本は初心者向けマニュアルだった。隣に応用編もあったがそれには手を出さなかった。

 初心者マニュアルを一通り理解して次にしたことはクエリとフォームの作成だった。クエリとはデータの検索方法で、フォームとはクエリで取得したデータを見やすく表示した画面である。オレはクエリとフォームを駆使して入力画面を作成し、周囲から「すごいね」「使いやすくなったよ」といわれて喜んでいた。初心者のオレが二ヶ月かけた成果が実って充実感を感じていた。

 仕事の帰り、書店でアクセスの応用編を立ち読みをした。するとオレがやったことがそのまま載っていた。方法と考え方がまるきり一緒だった。オレはうれしくなった。勝った気がした。本の手助けを借りずに一人で作りきったのだから。

 そのときのオレに対する今のオレの感想:アホか。

当時暇だった。その日の担当の仕事は午前中には終わってしまう作業量だった。それにアプリケーションソフトをいじってるのが好きな性分だった。よい暇つぶしだったのかもしれない。だけど本に書いてあることを自分で考えたという優越感に浸ってどうする。それなら時間を無駄に使ったことを悔やむべきだろう。

 設定を一つ変更するのに二日間も実験を繰り返した。だけど本を見れば数行で書いてあるのだ。本を見ながら実験すれば一時間以内できたかもしれない。ボタンを押したときの動作が思いつかずに、それが頭から離れなくて風呂に入ってるときまで考えた。それが図解説明してあっただろう。

 応用本は掲載している技術を買うのではなく、自分の時間を買うのである。数千円払えばオレがアクセスと格闘している時間は2ヶ月が2週間になり、違うことに時間を費やせたろう。

 自分で考えるのは大事だ。だけど時間はもっと大事だ。分からなくなったら考えもしないですぐに外部の情報に頼るのは自己の成長の妨げになるが、外部の情報を取り入れなさ過ぎることも時間の無駄になってしまう。

(これって分からないことを人に聞かずに何時間も自分で調べてるのも同じ問題なのかなと思ったけど、長くなるし繰り返しになりそうなのでやめときます)