序章
そこはいつも行く地元の居酒屋。オレの隣に座るGさんが働いている高校生に話しかけた。
「U子ちゃーん、誕生日そろそろだよねー」
「16日だよー」
「んじゃ、15日の土曜日に店終わってからみんなで集まってお祝いするよ」
Gさんはオレの肩をたたいた。
「ちゃんとプレゼント買って来るんだよ」
-ん?
オレはキープボトルで水割り作っていた手を止めて顔を上げた。
地元サイトの一大忘年会ということで50人ぐらいのオフ会に参加してオレがこの居酒屋のノレンをくぐったのが去年の12月。次に入ったのは翌年の四月
だった。店員さんがオレの顔を覚えていてくれて忘年会の写真を見せてくれた。店員さん-後にこの日記の突っ込み担当となるU子ちゃんである。そしてこの店
に出入りするようになって地元で知り合いが増えた。そのためオレが地元で目撃されることも増えた。PM6:00ごろに赤ら顔のオレが駅に消えて行ったの見
たとか、帰宅中の電車でオレがマンガ雑誌と携帯を交互に見比べていたとか、オレが駅前の松屋でカルビ定食をトン汁納豆卵つきで食べていたとか。おかげで本
屋のエロ本コーナーで買う雑誌を買うのに30分もかけていられなくなってしまった。
Gさんはここで知り合った一人だ。Gさんが冷奴を箸で切った。
「ヤンさん(リアルでこう呼ばれてます)、何買ってくる?」
「ん~なんだろーね」
「かわいいやつがいいのかな、笑いが取れる方がいいのかな」
オレは鯖を口に運んでちょっと考えた。
「いや、オレはU子ちゃんを一人の女性として考えて選んでくるよ」
昔、プレゼントされるならという話題になったときに女の子へのそれより女性としてのプレゼントのほうがうれしいと言われたような覚えがある。そーいえば
夏ごろ、居酒屋で飲んでいるときにタバコを買いに外に出て、酔い覚ましに景品ゲームをやったらミッキーマウスのぬいぐるみが取れた。それをU子ちゃんに上
げようとしたら「子供かよー」と見事に突っ返されたことがあった。
Gさんの瞳に挑発的な光が宿った。
「ほう、買ってきてみー」
「ああ、買ってくるとも。ほえ面かくなよ!!」
思いっきり売り言葉に買い言葉だった。
「今週末楽しみにしているよ!」
「ああ、ビビらせたるわい!!」
Gさんをターゲットにしてどうする。......とにかく、そんなわけで長い長い週末が始まった。
リサーチ
時計はめぐって金曜日。言い放ったもののオレがそんなもの分かるものがない。なので職場で聞きまくった。
○Aさん
オレ「行きつけの居酒屋で働いている高校生が18歳になるんだけど、女性として考えたときに何がいいの?」
Aさん「それだけじゃわかんないよ。そのコがどんなタイプか分かんなくちゃ何ともいえないよ。ん~......当たり障りのないところならブランド物の傘とかかなぁ。一万円ぐらいの傘ってほしいけど自分じゃなかなか買えないからね。後は口紅かなぁ.....」
考えておきますねと言われて別れた。.....月曜日に答えを聞いても仕方がないことに気づいたのはコーヒーを買っていたときのこと。
○Bちゃん
オレ「あのさ、地元の居酒屋にね」
Bちゃん「高校生の女の子が働いているところですね?はいはい」
オレ「よく覚えているね、そのコが今度ね.....」
地元の居酒屋のことをBちゃんに話した記憶はなかった。が、みんなで飲んだときにでも話したのだろう。
Bちゃん「誕生日なんですか?プレゼントですか?」
この直感の鋭さはなんだ? オレはうなづくしかなかった。
Bちゃん「趣味とか、好みとか分かります?」
オレ「飲んでいるときに話しているだけだからなぁ」
Bちゃん「服装は?どんな服が多いですか?」
オレ「そこの居酒屋の制服着てるからなぁ。夏に私服を見たときはTシャツ着てたよ」
Bちゃん「それは夏だからだよね。下は?スカートとかパンツとか」
オレ「あ、そーいえばスカートは見たことないなぁ。七分丈っていうの?足首がちょっとだけ見えるズボンが多いよ」
今振り返るとオレは具体的にヒアリングしてやらないと詳細が出てこないダメダメクライアントになってますね。Bちゃんがちょっといらつき始めました。
Bちゃん「お誕生日はいつなんですか?」
オレ「明日。」
Bちゃん「もう!!何でオトコのヒトってそうなんですか!話を振りながら一週間ぐらいかけて好みを聞きださなきゃダメじゃないですかー!!」
オレ「.....すいません」
どうやら最近に同じようなことを相談されたらしい。そしてオレと同じようなことを言ったらしい。
Bちゃん「写真はあります?こーなったら雰囲気で考えましょう」
オレ「あ、あるある。こないだ行った時に写真取った。手ぶれしまくってるけど」
Bちゃん「大丈夫ですよ。雰囲気が分かればいいんですから」
ここで写真が出せなかったら本気でキレられたかもしれん。そういえば前の仕事でプログラムのテストを一緒にやったときも怒られまくったなぁ。「さっきも言ったじゃないですか!」とか「ここに書いてあるじゃないですかー!」とか。
Bちゃん「かわいい子じゃないですか」
オレ「そーいえば冗談で”プレゼント何がいい?”って聞いたら”合コン”って言われたことがあるよ」
Bちゃん「このコだったらなんだろうなぁ」
オレの発言は見事にスルーされた。
Bちゃん「グロスかなぁ」
オレ「グロス?」
Bちゃん「唇に塗るヤツです」
オレ「最近は口紅のことをグロスって言うのね?」
Bちゃん「口紅とグロスは違いますよ」
オレ「だって唇に塗るんでしょ?」
Bちゃん「違うんです。(中略 ちゃんと説明してくれました。違いが良く分からなかったのでオミソに残っていませんが...._| ̄|○)」
オレ「バイクで言うと、250ccとスクーターみたいなもんか?」
Bちゃん「......そーです。とりあえず違うものだとだけ覚えて置いてください。」
どうやら諦められたようだ。
オレ「他の人にはやっぱり口紅とかブランド物の傘とか言われたんだけど...」
Bちゃん「あ、傘いいじゃないですか。セリーヌとかのやつ」
オレ「......」
Bちゃん「セリーヌって言うブランドがあるんです」
その後、色々教えてもらってネイル、香水、グロス、バックのメーカー.....もといブランド名で携帯のメモ書きが一杯になった。よく考えると居酒屋で
働いているのだからネイルはダメかもしれない。香水はアクセサリーと同じく好みがあるから一つ間違えるとタンスの肥やしになってしまうかもしれない。バッ
クは予算オーバー。というわけでグロス、ランコムのグロスセットがいいのではないかとなった。ちなみにオレの携帯のメモ帳には「グレスのランコムのセット」と書かれている。まだ今一よくわかっていなかったらしい。
○Cちゃん
バーで働くCちゃんにメールした。しばらくそのバーに行ってなかったのでCちゃんと連絡を取るのにいい機会だった。前の二回の失敗点に注意してメールを
書いた。失敗点とはそれは、知らず知らずにその年代の女の子を一まとめしていたこと。色々説明していたら文字だけで1226バイトの長文になってしまっ
た。でも結局まとめは「『高校生が大人の女性になるためにちょっと背伸びして買うもの』って何になるの?」と失敗を糧にできていない文章となってしまった。
すぐに返ってきたレスには、マリークワントというブランドがあること。お店は丸井に入っていること。お店の人に流行色とか聞いたほうがいいこと。などな
どが書かれていた。オレがその世界のことを分かっていないと言うことを100%理解した完璧なメール内容だった。メールの締めは「その子に会ったことがないのでアドバイスになっているか....」とデータの少なさをやさしくダメ出しされていた。
結論。
ランコムのグロスか、マリークアントの化粧ポーチ。土曜日に新宿に行ってみよう。