...しまった、なげえ...._| ̄|○
火曜日の夜。俺は新宿の街の中を昔よく通ったバーに向かった。ファーストフード店の前のエレベーターで4Fに上がりドアが開くと、外の喧騒とはかけ離れたジャズピアノが聞こえてきた。俺に気づいたバーテンダーが少し驚いた後、破顔した。
「お久しぶりです。今日はお一人ですか?」
俺はカウンターに座りながら答える。
「あいつは後から来るよ。先にオーダーいいかい?俺は.....」
「ラフロイのロック、お連れ様は野いちごの恋のソーダ割りですね」
バーテンダーが俺の言葉の先を続け、俺はふっと笑ってうなづいた。
やがてロックグラスにコブシ大で満月のようなランプ・オブ・アイスを浮かべたラフロイとチェイサーが俺の前に、背の高いグラスに入った野いちごの恋が誰もいない席に置かれた。ラフロイの大きな満月の中にあいつの顔を思い浮かべた。
タバコを一本吸いきるころ、ラフロイを口にしない俺にバーテンダーが首をかしげた。
「乾杯してからじゃないとね」
「いらっしゃるといいですね」
「......覚えていたのか、来ると思うかい?」
バーデンダーは微笑むだけだった。答えられる類の問いではなかった。俺は再びタバコに火をつけた。
俺が2本目のタバコをもみ消すとバーテンダーが灰皿を取り替えた。「降って来たみたいですよ」バーテンダーの声に顔を上げると靖国通りが雨にぬれていた。
半年前、距離をおこうとこの店で言ったのはあいつだった。沈みかかったプロジェクトを立て直すことに必死になっていた俺は、二人で過ごすときもそれが頭から離れなかった。あいつにさびしい思いをさせてしまった。仕事が理由にならないのはわかっている。だけど、あのときの俺は....。
それまでのあいつの優しさと俺のそっけない態度を考えれば拒むことはできなかった。あの時、俺は一つだけ条件を出した。半年後、お互いに気持ちが離れていなかったらここで会おう。それが今日、俺の誕生日。
ピアノの演奏が終わり演奏者がお辞儀をした。いくつかのテーブルから拍手が起きた。
もう少し待とう。俺は何度目かのタバコをくわえた。あいつをもう少しだけ待とう、グラスの中の満月がラフロイに溶けるまで-。
店にいる客層がゆっくりと夜の客から深夜の客へと代わってゆく。その中には顔見知りもいたが声をかけたい気分ではなかった。向こうが俺に気づいてバーテンダーとこちらを向いて話しているのが見える。バーテンダーは首を振ったようだった。
グラスの月がなくなってしまった。俺はラフロイを野いちごの恋の傍において席を立った。ビルを出て帰途を急ぐ俺に雨が降りかかる。柔らかい雨は俺の代わりに泣いてくれているような気がした。
注釈:
ランプ・オブ・アイス:ブロック・オブ・アイスを砕いて握りこぶし大にまでしたもの。これの丸いやつをムーンアイスって言った気がしたんだけどgoogleで引っ掛けても 「セーラームーンアイス」しか出てこない。違う名前だったかなぁ
チェイサー:よーするに水ですね。ロック(水などで割らずに氷が入っているだけ)、ストレート(グラスの中は酒のみ)は口直しにチェイサーが出てくる店があります。
ラフロイ(ラフロイグ):ちょっとお高め。小さなバーでこれを二杯飲んでつぶれたことあり(笑)。
野いちごの恋:焼酎です。甘くて飲みやすいですよ。
と、いうのが理想の誕生日の夜だったのだが。(※理想の中でも独りかい!というツッコミをしないよーに)
■実際
火曜日に誕生日だったわけだが、
水曜日(エアロビ)、木曜日(呑み)、金曜日(呑み)の予定だったので調整の為に残業して帰った。