それはもう一年以上前のことだ。オレが居酒屋でまったり飲みながらテレビを見ていると周りはゴルフの話で盛り上がっていた。
「っつーわけだから、ヤンさんもゴルフやろうぜ!」
「お?」
「みんなでコースを回ろう」
「おお?」
「そーよ、私も始めたばかりだからすぐに追いつくよ」
「おおお?でも何から手をつけていいか分かんないよ」
「じゃあ、私の通っているレッスンに出てみない?駅の向こうのスポーツジムなんだけど」
「でも、オレ、別のジムに入っているからなぁ」
「じゃぁ一日券チケットで参加してみない?」
スズエさん(仮名)はかっこいい彼氏さんの隣でいつも明るく笑っているのが印象的な人だ。その笑い声は場を暖かくしてくれる。そんなスズエさんに誘われたオレはジムのカウンターまで足を運んだ。.....が、ジムの一日入場料が3500円、ゴルフレッスンが2000円はちょっと厳しい金額だった。
そして一年後、ジムを変えたオレが入会時にもらったゴルフレッスン一回無料券。カウンターでチケットを出してレッスンの時間帯を選ぶことになった。あの時スズエさんが言っていたのは土曜日の午後からのレッスン。スタッフが予約表にオレの名を書き加えた。ちょっとそのノートをのぞく。スズエさんの名前はなかった。約束は一年前である。やめちゃっていても文句は言えない、というよりは腰を上げるのに一年以上もかかったオレが悪い。
レッスンの時間。少し緊張の面持ちでゴルフレッスン場に向かった。安全に対する配慮なのだろうが、レッスン場はガラスドアから入れるだけで外からは覗けない。密閉空間になっているそこは排他的だった。閉鎖的な町である新宿ゴールデン街で鍛えたこの右腕はどんな居酒屋のドアでも躊躇なくあけるスキルを持っているが、居酒屋とレッスン場のドアは違うらしい。もたもたしているとレッスン場の中にいる女性が俺に気づいた。あれ?という顔をして次に手を振ってくれた。間違いない、スズエさんだ。
「ヤンさん(リアルでこう呼ばれています)、久しぶりー!どうしたの!?」
「向こうのジムが潰れちゃってこっちに入りなおしたんすよ。んで一年前にスズエさんに誘われたの思い出して。ていうか、予約表にスズエさんの名前なかったっすよ?」
「私、鈴木江里っていうのよ。縮めてスズエ。」
あぁ、そうだったんだ……って、えぇ!?あそこの連中はスズエさんって名前だと思ってますよ!?オレと同じで通り名(?)だったの!?っていうか、”江里”ってオレが高校のときに告って玉砕した娘と同じ名前じゃないですか!(←あまり関係ない)
スズエさんはオレの肩越しに誰かに挨拶した。レッスンプロのようだ。彼はオレの顔を見た。
「えーと....体験コースの○○さん?(オレの本名)。よろしくね」
....数分後。
レッスンが始まり、クラブの持ち方から習っているときにレッスンプロに聞かれた。
レッスンプロ「○○さんは何で始めようと思ったの?」
オレ「スズ、、、、江里さんに誘われて」
レッスンプロ「知り合ってどれぐらいなの?」
オレ「2年ぐらい?ですよね?」
スズエさん「んー、それぐらいかなぁ」
オレ「ただ、お互いに本名を知ったのは今日が初めてですけどね」
レッスンプロ「??????どういう知り合いなの?」
今思い出してもシュールな会話だ....。